文キャンアーカイブ

連載:文キャン前史 第二回

5,近年の発見

ここまで一帯の変化を見てきましたが、戸山荘の記憶・記録は消えてしまったわけではありません。

それらは他でもない早稲田大学の構内で、早稲田大学の人々によって発見されたのです。

その一例が、現在の学生会館建設に伴う発掘調査です。

1998年に行われたこの調査では、第一回で仕掛けが施された滝として紹介した龍門の滝の遺構が発見されました。この発掘には、現在文キャンで教えられている先生方も多く携わっていました。

滝は名古屋の徳川園で復元されていますが、遺構が見つかった学生会館内には、画像のような表示が立てられています。ちょうど喫煙所の場所にあたりますので、見たことがある方もいるかもしれません。

このように、戸山荘の記録と記憶は失われたのではなく、人知れず眠っているのです。

6,まとめ

ここまで、戸山荘以後の一帯の変化の様子を見てきました。かつて江戸において名を馳せた名園が荒廃し、転用され、地中に埋もれていく様子は、それぞれの時代を反映しているといえるでしょう。

では、私達の文キャンにおいては、戸山荘の記憶・記録はいかなる形で見出だせるのでしょうか。

次回は文キャンの移り変わりに焦点を当て、過去の痕跡を探ってみたいと思います。

※前回紹介した以外に、以下の本を参考にし、図などを引用させて頂きました。

東京都新宿区教育委員会『地図で見る新宿区の移り変わり 1牛込編』1982年、東京都新宿区教育委員会

新宿区『新宿時物語:新宿区60年史』2007年、新宿区

下戸塚研究会編『下戸塚:我が町の詩』1976年、下戸塚研究会

筆者:三田翔平

2012年文化構想学部卒。

現在、アジア太平洋研究科にて東南アジアの文化遺産保護に関わる問題について研究中。

この記事のつづき:文キャン前史 最終回

column

2012.11.17

連載:文キャン前史 第二回

今回は地図を元に、戸山荘以後の一帯の変化を追って行きます。(1850〜1950年代)